神様の妙知恵

 

                30年前、佛祖124世勒恵菩薩恵寶様にお逢いしました。

      勒恵菩薩恵寶様は私の描いた絵をご覧になり、これは「マンダラ」だとお教え下さいました。

      

                  「あなたは霊能者ではありません。」

          「あなたには直接神様のお言葉が降りてきます。妙知恵です。」

      「神様の妙知恵をよく聞いて、これからは一生懸命勉強して、色んなことを学びなさい。」

           「どんなつらい事があろうと神様を信じて生きていきなさい。」

              「必ずその勉強が役に立つことが必ずきます。」

 

                      と私にお伝えになりました。

          そして勒恵菩薩恵寶様は私に大切なお念珠をお渡しになられました。

                   

             これから、易を立てる時はこのお念珠を使って鑑定します。

 

30年前、マンダラを国連本部ユニセフに献上しました。

国連本部の巻物の中に勒恵菩薩恵寶様のお名前があります。宗教家ではただお一人です。

そして、勒恵菩薩恵寶様のご助言により、私の掛け軸のマンダラを国連本部ユニセフに献上しました。

               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時に恵寶様のお書きになられた梵字を国連本部に証明として渡されました。

 

京都総本山仁和寺大僧正 立部瑞祐様との出会い

 

37年前福岡県宗像市鎮国寺で仁和寺大僧正立部瑞祐様とお会いしました。

私に「無我」の色紙を下さり、「一生懸命しっかりと生きなさい。」との教えを頂きました。

そして私を励まして下さり、私は「頑張ります。」とお誓い致しました。

       

 

佛祖124世勒恵菩薩恵寶猊下様が曼荼羅とお認めになられた宇宙銀河曼荼羅

         

今から30年ほど前、私は家族全員で長崎県の西海橋に渦潮を観に行きました。

ここの渦潮は、鳴門海峡渦潮と並ぶ二大渦潮で見事なものです。

家族みんなで、西海橋の上から下の渦潮を眺めておりました。

渦潮は非常に大きなもので、それをじっと眺めておりますと、小さな数多くの渦巻きが大きな渦巻きに吸収され、 そのすごうい渦流を大きな泡を立てながら、海中深く吸い込まれていくのが見事で、美しく、すさまじく見えました。

私はじっとそれを見ているうちに、その大きな渦巻きに巻き込まれて私自身が海中深く沈んでしまうような恐怖を感じました。

「これは宇宙だ。星空の渦巻いている様子とそっくりだ。」

その渦巻きの姿に宇宙の現象をあてはめたのは、私にとってごく自然のことだったように思われます。

私は、今でもその時の状況を明瞭に記憶しています。

 

今から20年前のこと、私の夢の中に弘法大師様が現れました。

 

大師様は私の手を握って横に一本の線を引き、次に上から下の縦の線を一本下ろし、十文字形を作りました。

弘法大師様は、

「これで天と地が結ばれた。そしてこれで東西南北ができた。」とおっしゃいました。

それから十文字を円に囲み、「これで宇宙の入れ物ができた。」とおっしゃって、この図形をクルクルとまわし始めました。

それを右回り(時計回り)に回転させると、右卍(まんじ)が現れて、「これは、とにかく回転させなければならない。」という言葉を最後に残され、消えていかれました。

「これはきっと霊夢だ。」と確信しました。

夢から覚めた私は鮮烈な体験を思い出しました。

それは、家族みんなで長崎の観光名所である西海橋の渦潮見学に行き、橋の上から下を眺めた時に見た、あの大きな渦巻きを取り巻くように小さな渦巻きがあちこちに出来て、 その小さな渦巻きが次々に大きな渦巻きに吸収されていく姿です。

それを私は眺めているうちに私自身が身体ごと吸い込まれていくように感じました。

 

サイババ様とダライラマ様

 

1995年 インドにて サイババ様、ダライラマ様とお会いし、 掛け軸曼荼羅を献上しました。

この写真はサイババ様のお部屋で掛け軸曼荼羅を献上した時の写真です。

       

信貴山(朝護孫子寺)、毘沙門天様との出会い

 私の噂を聞かれた方から電話があり、その方を透視したところ、「小高い丘のコスモスがたくさん咲いている場所で写真を撮って貰っている」 と伝えるとその通りだったそうで、私の能力を認めてくれて信貴山で行う其の方のあるイベントに呼ばれ、 初めて信貴山に行くきっかけとなりました。 

信貴山に行くと毘沙門天の仏像が祀られており、 仏像が私に、「この場で、これから頑張ると大声でいいなさい。」と語りかけてきました。さすがにあの場で大声で言うことは出来ませんでしたが、信貴山に行った事により自分の感性が磨かれたように思います。

 

徐福様との出会い

 旅行で和歌山へ行ったとき、中国の秦の時代の学者である徐福様のお墓にたまたま行く事になり、お参りすることができました。

お墓には水がなかったので水を差し上げると、徐福様の声で「天来釉薬という漢方に使える木を貴方にあげたい」と聞こえました。

 わずかな出会いではありますが、人との出会いまたは親切心を学んだ気がします。後日、和歌山より天来釉薬の木を数本送っていただき現在も我が家の庭先にて春には小さな花ではありますが咲きます。

 

高井紅鳳先生との出会い

約30年前、易学で有名な高井紅鳳先生とお会いしたく、この方の執筆した本に連絡先があったので失礼と思いながらも思い切って電話をしました。 お会いできる事になったので、主人と私で訪ねると駅まで高井先生自ら迎えに来てくださいました。

会う前に私について易をたてられたらしくその結果、地沢臨の四爻だったそうです。 これは高く大きく六四は柔順得正、初九に正応あり、至って申し分のない態度で人に臨む象という意味で、 すばらしい結果が出たそうです。 私のことをもっとよく知りたいと思って下さり、車の中で三つの試験を口頭で出されました。

本当ならば道具を使わなければ答えを出せない問題だったのですが、私は今まで心理学、哲学、易学など様々な勉強をしていましたので、直ぐに回答できました。 それを高井先生は驚かれ「さすが。お見事!」と感激してくださり、その後、是非私の弟子にしたいと言っていただき、主人も喜んで了承してくれました。 世界で活躍してほしいということで先生の易占術の奥秘伝を伝授していただき認定書を平成24年6月に書いてくださいました。

 

朝の呼吸実践法との出会い

長崎の五島列島にあった日本最後の城と言われる石田城のお殿様のお抱え医師が私を訪ねてこられ、 「家の者を助けてほしい」と申されました。 訪ねてこられたといっても本人様はすでに亡くなられております。

この方のお墓はある民家の一角にあり、今でも丁重に祀られていました。 その家には実際に使っていたメスや秤りなど歴史的に貴重なものが多数保管されていました。 私は疑問に思い「これほど貴重な品をなぜ個人で保管しているのか、 なぜお墓が此処にあることがあまり知られていないのか」を聞いてみると、 当時高校生だった其の家の子どもさんが、欝の病気だからだそうでした。

その子とじっくり話し、アドバイスをすると、すっかり気分が楽になったようでした。 家の者を助けたお礼として、石田城のお殿様のお抱え医師が当時実際に行っていたと伝わる 朝の呼吸の実践法を教えていただきました。

 

 

 

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